私があの人に出逢ったのは、もうずいぶん前。
その頃は別に、そこまで仲良くなんてなかった。むしろ悪かったぐらい。いつも顔を合わせる度に衝突して、喧嘩して、時には泣いたこともあったっけ。あの人は究極に頑固だったし、私も負けず劣らず意地っ張りだった。…今もそんなに変わらないか。ふふ。
でも、それが一体全体、どうしてこうなったのかは、多分神様だってわからないでしょうね。だって私達でさえ、気が付いたら一緒にいたのだもの。気付いたら、隣にいた。手を握っていた。握られていた。そんな感じ。

でもね。ひとつだけ言えるのは、こうなったことを、誰も後悔なんてしてないってこと。そう、絶対に。きっとあの人だってそう思っている。だってこんなにも、今、幸せな気持ちでいっぱいなの。今なら空だって飛べちゃいそう。…あはは、それはちょっとありえないか。でもね、それだけ嬉しいの。

これからきっと、沢山の闇があなたに降りかかるでしょう。
時には深く、抜け出せないこともあるかもしれません。
それはもう絶対に逃れられないこと。決まっていること。
それでも

あなたが安心して生まれて来れるように。

私達おとなが、世界を守っていかねばならないのです。
いつかあなた達の手に渡るまで。




「!」

その時、勢い良く病室のドアが開かれて、息せき切って飛び込んで来たのは―――あの人の姿。

「落ち着いてよ、蓮」
「…落ち着いていられるか」

あら珍しい、ひねくれた返答をしてこないなんて。堪えきれずにぷっと吹き出すと、蓮は荒く息をつき「突然病院から連絡が来た、こっちの身にもなれ」と言い返してきた。 あのお医者さんは一体なんて彼に電話をしたんだろう。「すぐ来るから!」と自信たっぷりに言っていたけど。ちょっと興味あるなあ。
そんなことを思っていると、蓮がゆっくりとベッドの方へ歩いてきた。…小さな包みを、手に。訝しげに顔を見やると、彼は何故かため息をつきながら「…開けてみろ」と告げる。

「…わあ」

思わず声が零れた。箱から出てきたのは、小さな銀食器たち。艶やかな丸みを帯びたスプーン。

「どうしたの、これ」
「…行きがけに葉に渡された。こうなる随分前から用意していたらしい。……余計なことに」

憮然とした顔で教えてくれる。でも、その台詞にはいつもの棘がない。送り主の欄にはなるほど確かに、温泉宿を経営している彼と、その奥さん、そこで働いている仲居さん達そして北海道で元気にやっている友人などなど、色んな名前が記載されていた。彼らのしてやったり顔が思い浮かぶようだ。用意周到なことこの上ない。まったく、どれだけ経っても彼ららしい。 今まで関わってきた人たち。そして、思い出。ひとつひとつの顔ぶれが脳裏に浮かび、その度に猛烈な懐かしさがこみあげてきた。

見えないけれど、ひとつの絆。
私達は、確かに繋がっていたのだ。
そしてこれからも。

…胸がいっぱいになる。   ことばに できない

「いま…三ヶ月、だって」
「そうか」

溢れてくるものをこらえながら、私はようやく告げた。
彼も、きっと、同じ。

「…だいじに、せねばな」

ぼそりと紡がれた言葉は、それでもしっかりと私の耳に届いた。






誰もがあなたを心待ちにしています。
早く生まれておいで。
話してあげたいこと、伝えたいことが、たくさんあるの。

そして私達が生きてきたこの世界を、あなたも好きになってくれますように。



私達のところに来てくれて、ありがとう







しあわせを、すくう
(常に光が共にあらんことを)